中国、辛亥革命100周年記念

公開日: : 中国

10月9日(日)に中国で辛亥革命100周年記念大会が開かれました。
今回は、辛亥革命を中心に、中国・台湾の関係について解説していきたいと思います。

辛亥革命ってなに?

今の中華人民共和国(中国)は、1912年まで清という国でした。清は、皇帝をいただく国でした。
しかし、イギリス・フランス・日本といった技術力のある国が清に租界を作りました。
租界というのは、他国の中に自国の領土を持つというような意味です。
色々な国に領土を半ば取られてしまった清朝に対し、民は不満を持ちました。
そんな中で、1911年地元のお金持ちたちが作っていた鉄道を国有化すると清朝は言い出したのです。
清朝は当時お金に困っており、鉄道を担保にイギリス・フランスなどからお金を借りようとしていました。
しかし、これに対し民は怒り、暴動がおこりました。
結果として、清朝は消滅し、南京を首都にした中華民国(今の中国とは違います!)という国になりました。
初代大統領として、孫文が選ばれました。

中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)の関係

中国の図 しかしながら、そのままうまく中華民国は動きません。袁世凱という人が孫文の後に大統領となり、仮の憲法を無視して独裁体制を敷きます。結果として、反発が大きく退位しますが、中華民国はバラバラになってしまいます。
そして、中国国民党と中国共産党がこのとき形成され、大きな勢力を持っていきます。
一時は協力したこともあったのですが、両者は対立します。
第二次大戦後、中国共産党は大陸部から中国国民党を追い出し、1949年中華人民共和国(これが今日の中国です。)を建国します。一方、中国国民党は台湾に逃げ、中華民国をなのります。
中華人民共和国(中国)は共産党一党独裁の共産主義国で、中華民国(台湾)は民主制の資本主義国となります。
中国と台湾とでは、政治・経済の制度が違うのです。現在、台湾は中華人民共和国に含まれることになっています。一国二制度といって大陸部の中国派共産党一党独裁の共産主義システムを採用し、台湾は民主制の資本主義システムを採用する、という一つの国の中に二つ国がある感じです。大陸側の中国は、台湾を制度上も大陸側に組み入れたいと考えており、台湾側はこれに反発しています。

孫文の思想、中華人民共和国(中国)の解釈

辛亥革命で重要な役割を果たした孫文は、三民主義という主張をしていました。三民主義とは、民族主義・民権主義・民生主義です。民族主義とは国内諸民族の平等と帝国主義の圧迫からの独立、民権主義とは民主制の実現を求めるもの、民生主義とは平均地権・節制資本による国民生活の安定を求めるものです。(デジタル大辞泉より)
中国共産党は、孫文の思想の後継者としていますが、実態は少数民族を弾圧し、民主制からも程遠いのが現状です。そのため、辛亥革命100周年記念を利用して、政権批判が行われそうなため気をとがらせていました。

視 点

中国では情報統制がものすごく厳しく、インターネットでも規制されているサイトが多いです。このように、国民に与えられる情報が操作されてしまっているのです。
しかし一方で、一党独裁ゆえに長期的な視野で政策を打てるという長所もあります。経済危機の中で中国が成長できたのはそのおかげであるという主張もしばしばなされます。
我々は、民主主義が最も良いものと教え込まれていますが、かつては民主主義は最悪の政治形態と呼ばれていました。
このように価値判断というのはすぐに変わってしまうものです。
これを機に、民主主義について思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

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