カシミール問題:インドとパキスタンの国境紛争

公開日: : アジア

Gujjar household on its semi-annual trek in the Himalayan foothills of northern India
By ILRI

インドは大きな可能性を秘めた国です。人口は10億人を超え、経済規模は拡大しています。

多くの国々でそうですが、国境をめぐる争いは絶えません。
インドにも国境紛争はあり、特に隣国パキスタンと争っているカシミール紛争は有名です。

イスラム教とヒンドゥー教という宗教も絡み合って問題を複雑化させています。
今回は、インドとパキスタンとのカシミール紛争についてお話しします。

ヒンドゥー教とイスラム教―ムガル帝国からイギリス領へ

インドには、かつてムガル帝国という国がありました。(正確には若干領土はことなりますが)このムガル帝国の王様は、イスラム教を信じていました。しかし、ムガル帝国の人々はヒンドゥー教という宗教を信じていました。 初期の王様は、統治を安定的に行うという目的もあり、ヒンドゥー教もイスラム教も認めました。しかしながら、アウグランゼーブという人が王様になったとき、彼はイスラム教をひどく信じていたため、ヒンドゥー教を認めている現状が許せなくなりました。そこで、彼はイスラム教を弾圧するようになります。これによって、イスラム教とヒンドゥー教の対立が生まれます。

この後、ムガル帝国にイギリスがやってきて、攻め込みます。そして、インドはイギリスに支配されてしまうのです。イギリスに統治されている時は、イスラム教とヒンドゥー教の間で目立った対立はありませんでした。なぜなら、支配者のイギリスはキリスト教徒で、イスラム教、ヒンドゥー教といったことで差別をしなかったからです。

インドの独立と宗教対立の再燃

イギリスの力が衰えると、インドで独立しようという気運が高まり、独立することになります。しかし、ここでヒンドゥー教徒とイスラム教徒は別々に独立しようということになります。ヒンドゥー教徒はイスラム教徒に、イスラム教徒はヒンドゥー教徒に政治的に大きな影響力をもたれることを嫌がったのでしょう。
別々に独立するといっても、土地は一つしかありませんから、地域の支配者(藩王)がヒンドゥー教の多い国に属するか、イスラム教の多い国に属するか、決めました。
ヒンドゥー教の多い国になる地域にいたイスラム教徒やイスラム教徒の多い国になる地域にいたヒンドゥー教徒は、迫害などを恐れ移動しますが、かなり多くの人が移動したため、頻繁にイスラム教徒とヒンドゥー教徒の小競り合いが起きたようです。このことも、対立を深めました。

カシミールをめぐる争いーカシミール紛争ー

以上のような経緯で、ヒンドゥー教の多い国、インドと、イスラム教の多い国、パキスタンが誕生しました。
しかし、ここで一つ問題が起きました。パキスタンとインドの国境付近で、地域の支配者はヒンドゥー教徒だが、地域の住民の大半はイスラム教徒という地域があったのです。地域の支配者は、ヒンドゥー教の多いインドに属することを決めましたが、住民はイスラム教の多いパキスタンに属したいと思う人も少なくありませんでした。
パキスタンも領土が欲しいですから、イスラム教徒の住民を支援して、インドと戦うわけです。
この地域をカシミールといい、カシミール紛争と上記の争いは呼ばれます。実際に、何度か戦争になりましたが、まだ安定しておらず、治安はかなり悪いそうです。

パキスタンと北朝鮮の核開発

インドとパキスタンの対立は高まり、互いに核兵器を持つようにまでなりました。(核兵器を所持している国は10カ国弱です。)
そして、最近北朝鮮が核開発をしていると話題ですが、その核技術は、パキスタンの科学者から流れたのではないか、と言われています。

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