エジプトで軍事クーデター(政変)が起こった2つの理由

公開日: : 中東

EGYPT/BREAD
by Nasser Nouri

再び、エジプトで政変が起きました。
エジプトは、2011年に「アラブの春」と呼ばれる革命があり、30年間独裁体制をしいてきたムバラク元大統領を引きずり落としました。
しかし、7月3日、民主的な選挙によって選ばれたムルシ大統領が引きずり落とされることとなりました。

独裁体制が終わって、民主的に大統領になったのに、なぜ、ムルシ大統領が職を追われたのでしょうか?
今回は、エジプトの軍事クーデターのお話しです。

エジプト軍事クーデターの経緯

軍事クーデターの始まりは、6月30日に全土で数百万規模の反ムルシ大統領デモでした。
この民衆のデモを支持するという形で、エジプト軍はムルシ大統領から大統領権限を奪いました。

この経緯を踏まえ、なぜデモは起こったのか、そして、なぜ軍部が介入したのか、考えていきます。

デモの理由:食べ物の値段が上がったから

え?と思う方もいるかもしれません。
しかし、多くの革命の原因の一つと言われているのが、食べ物の値段が高騰することにあります。
(有名なフランス革命の原因の一つも小麦価格が上がったことが一因とも言われます。)
食べる物がなくなれば、誰しも戦うことでしょう。

2012年にムルシ大統領が選ばれてから、食料品価格は1.5倍になりました。
その原因は、経済の行き詰まりです。

エジプトには、目立った産業は観光業くらいしかありません。
しかも、その観光業も、革命が起きたことで治安が悪化したりして、観光客が少なくなってしまいした。

加えて、エジプトは人口の増加が激しく、食糧の多くを輸入に頼っています。
つまり、エジプトはお金がなくなって、食糧を十分に買うことができなくなってしまったのです。

こうした食糧価格高騰への怒りが民衆のデモを促したのです。

軍部介入の理由:エジプト軍と政権(ムスリム同胞団)との対立

では、なぜ、軍は民衆のデモを応援したのでしょうか?

エジプトでは、アラブの春で軍部が独裁者ムバラク元大統領側に回らなかったことなどから、信頼が厚いです。

一方、政権を担うこととなったムルシ大統領を支持している組織(ムスリム同胞団)は、軍部が嫌いです。
なぜなら、ムスリム同胞団というムルシ大統領を支持している団体は、イスラム教という宗教色が強い団体ですが、軍部は違います。
ムスリム同胞団は、政治にイスラム色を求めますが、エジプト軍は世俗主義といって、政治に宗教を持ち込むことを嫌うのです。

こういった対立もあり、政権側は軍部の影響力を弱めようとしていました。

そのため、エジプト軍としても影響力拡大の反撃機会をうかがっており、今回の大規模デモはちょうどよかったのです。

ただし、ムルシ大統領は民主的な選挙で選ばれたこともあり、今なお多くの支持者がいると考えられています。
支持者たちと反対者たちの衝突は大きく、政情が安定するか疑問が残ります。

参考にしたサイト

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