アパルトヘイト政策についてわかりやすく解説します!

公開日: : アフリカ

Nelson Mandela 1918 - 2013
by Domenico

人種差別、というのは、島国に住む日本人にとっては考えづらいものかもしれません。
肌の色が白いか黒いかで人を差別する意味がわからないと思うかもしれません。
しかし、南アフリカ共和国という国では、人種差別を促進するような政策、アパルトヘイト政策がとられてしまいました。

今回は、アパルトヘイト政策のお話です。

南アフリカに、ヨーロッパ人が到来

今の南アフリカ共和国があるところでは、黒人がもともと住んでいました。
動物を狩って食べたり、牧畜を営んだりしていましたが、極めて素朴な生活を営んでいました。

そこへ、航海技術を高めたヨーロッパの人たちがやってきます。
オランダ人が初めに来て、イギリス人もやってきました。
彼らは、金や銀、そして、当時ヨーロッパで貴重だった香辛料を求めて世界中を航海していたのです。

白人優位の人種差別政策、アパルトヘイト政策

オランダ人とイギリス人は初め仲が悪く、戦争も起こったのですが、イギリス人に軍配があがりました。
すると、今度は、オランダ人やイギリス人などの白人は、黒人を差別するようになっていきます。

アパルトヘイトとは、現地のアフリカースン語で「隔離」とか「分離」といった意味を持ちます。
白人、黒人、それぞれの民族はそれぞれ違う文化や伝統を持っている、だから、別々に発展しようという趣旨でアパルトヘイト政策は打ち出されました。

しかし、実際は、白人優位の政策でした。
人口の70%を占める黒人を国土の9%の不毛な土地に移住させる法律(原住民土地法)や人種の異なる男女の結婚を禁止する法律(異人種間結婚禁止法)などが打ち出されました。

国際的な非難、アパルトヘイト政策の撤廃へ

このような人種差別色の強い政策は、国際社会から大きな非難を浴びました。

けれども、南アフリカ共和国には金をはじめとして鉱物資源が豊富にあります。
これらの輸出を盾に、政権はアパルトヘイト政策を存続させようと試みます。

しかし結局、多くの国が南アフリカ共和国以外からも十分に資源が調達できるようになり、非難を強めていくことになります。

こうして、南アフリカ共和国は、アパルトヘイト政策を維持することはできなくなり、撤廃されることとなったのです。

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  •  Author:あきひろ
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