回帰するNATO(北大西洋条約機構):冷戦、アフガニスタン、そして、ウクライナ

公開日: : テーマ解説

Treffen NATO-Verteidigungsminister
Medien Bundeswehr

ヨーロッパには強力な軍事同盟があります。
NATO(North Atlantic Treaty Organization:北大西洋条約機構)です。

もし、NATO加盟国が他の国から攻撃された場合、NATO加盟国は攻撃した国へ攻撃することができます。
これは、最近日本で話題の「集団的自衛権」というやつです。

今回は、このNATOがどうして生まれたのか、どう変容していったのか、そして、先に起きたウクライナの問題で
どう変わったのか、見ていきます。

NATOの誕生

1922年、世界に新しいタイプの国家ができました。
現在のロシアの地を中心としたソビエト連邦(ソ連)です。

共産主義という思想を元に建国された国家です。
端的に言えば、皆、金銭的に平等になろう、というものです。
その人のパフォーマンスが低くても高くても、同じ給料払います、というのが共産主義的な考え方です。

この考え方は、ソ連の誕生とともに多くの支持を集めるようになり、ソ連は影響力を拡大していきます。

結果として、ソ連と西ヨーロッパやアメリカといった考え方の違う国々は対立し合うようになります。
また、ソ連は軍事力を高めることに熱心でした。

そして、ソ連の軍事増強に対応するため、西ヨーロッパとアメリカは軍事同盟を結びました。
これが、NATO(North Atlantic Treaty Organization:北大西洋条約機構)です。

存在意義を失い、アフガニスタンの泥沼へ

しかし、1991年、NATOの加盟国と対立していたソ連が崩壊してしまいます。
ソ連の軍事力に対応するために存在していたNATOは、その存在意義を問われることとなります。

そして、考えられたのが、NATO加盟国域外でも紛争を抑えたりすることで、加盟国の安全を守ろうという考えです。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争やコソボ紛争などに介入していきました。

こうして域外での活動が多くなったNATOですが、アフガニスタンで泥沼にはまります。

2001年9月11日、アメリカの世界貿易センタービルに、ハイジャックされた民間飛行機が突っ込むといった事件(アメリカ同時多発テロ事件)が起きました。
この事件は、当時のアフガニスタン政府と親密な関係を持つアルカイダと呼ばれる組織が起こしたものでした。

アメリカは、アルカイダを引き渡すようにアフガニスタン政府に言いましたが、ききません。
そこで、アフガニスタンへ侵攻することとなるのです。

他のNATO加盟国もアメリカに賛同し、アフガニスタン紛争に参加していくことになります。
アフガニスタンを制圧することは比較的容易だったのですが、反アメリカ、反ヨーロッパの雰囲気も高まり、治安も安定せず、戦争は長期化していきました。

このように泥沼化するアフガニスタン情勢が続き、派兵しているNATO加盟国内では、財政負担などから早く引き揚げるように要求することとなります。
そして、アフガニスタンから完全に手を引けるように、NATO各国は進んでいます。

回帰するNATO

こうしてアフガニスタンでの役割を牛うNATOは、再びその存在意義を問われることとなります。

しかし、最近、新たな問題が浮上しました。
ウクライナ危機です。

ウクライナをヨーロッパ側に引き入れるか、ロシア側にとどめるか、という問題です。
西ヨーロッパ、アメリカ対ロシア、というかつての構図に戻りつつあるわけです。

NATO加盟国と隣接する地域での大きな危機をNATOがどう切り抜けるか、全世界が注目しています。

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