オウム真理教による地下鉄サリン事件とは?

公開日: : 最終更新日:2015/03/30 テーマ解説

Nun Walking Back to Kitchen as the Sun Goes Behind the Mountain, Tidrum Nunary
by Lyle Vincent

地下鉄サリン事件は、1995年3月20日に起きた日本最大級のテロ事件です。
東京都の地下鉄で猛毒サリンがばらまかれたのです。

サリンとは神経ガスの1つで、殺傷能力の高いガスです。
ほんの少し吸っただけで、そして皮膚に付くだけでも、死にいたってしまいます。

サリンをばらまいたのはオウム真理教という新興宗教団体でした。

オウム真理教とはどのような宗教団体だったのか、どうして地下鉄サリン事件を起こしたのか、
今回は、地下鉄サリン事件についてのお話です。

オウム真理教とは?

教祖は、麻原彰晃(あさはら しょうこう)と言います。
本名は、松本智津夫(まつもと ちづお)ですが、麻原彰晃を名乗っており、こちらのほうが有名です。

原始仏教をベースにした宗教団体です。
修行を行い、悟りを開くことを目的としています。

弁護士資格を持つ信者や、医師免許を持つ信者もおり、信者の知識を利用して教団の拡大を目指しました。
麻原氏自身は、東京大学文化一類を目指したものの失敗し、大学にはいっていません。

暴力化する教団

ある修行中、男性信者の一人が突然騒ぎ出しました。
この信者に対し、麻原氏は頭を冷やすようにと別の信者に命令しました。

頭を風呂の水に沈めさせたりしていたところ、騒いでいた男性信者は意識不明に陥ってしまいます。
そして亡くなってしまったのです。

修行中に信者が死亡したことが外部に漏れれば、教団の立ち位置があやうくなってしまいます。
麻原氏はこの件を隠すことにしました。

さらに、事件を隠すことに疑問を覚え、脱会しようとした信者がでてきました。
麻原氏は脱会されては事件がばれることを恐れ、彼を殺すことにしました。
これがオウム真理教の殺人の始まりになります。

麻原氏は、教義を踏まえ殺人を肯定するような説法をするようになっていきます。

なぜ、地下鉄サリン事件を起こしたのか?

オウム真理教は、拡大するにつれ社会との対立を深めていきました。
オウム真理教が村の土地を購入し活動を行おうとすると、村で反対運動がおこったりしました。

長野県松本市でもオウム真理教は松本支部、食品工場を作ろうとしていました。
しかし、オウム反対運動の過程で裁判を起こされ負けそうになりました。
そこで生成中だったサリンの実験を兼ねて、裁判官らをターゲットとして散布しました。
結果として、住人7人が殺される戦後最大級のテロ事件となりました。(松本サリン事件)

さらに、信者の親族を拉致し、殺害する事件も引き起こしました。

これらの事件へオウム真理教の関与が疑われました。
そして、オウム真理教に強制捜査が入りそうになったのです。

そこで、オウム真理教の幹部は都心で大規模のテロを起こすことを計画しました。
大規模のテロを起こすことで、警察をとまどわせようとしたわけです。
こうして最悪のテロ事件が起こってしまったのです。

事件に関わった者は全て逮捕されており、13人が死刑、5人が無期懲役となっています。
そして、多くの幹部を失ったオウム真理教は崩壊しました。
しかしながら、残りの信者たちを中心に、「Aleph(アレフ)」「ひかりの輪」といった宗教団体が設立され、なお存在しています。

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