富岡製糸場にみる産業の栄枯盛衰

公開日: : ビジネス

Tomioka Silk Mill / 富岡製糸場(とみおかせいしじょう)
by 田中十洋

今の日本の成長産業といえば、何でしょうか?
IT系企業の成長は著しいですね。

しかし、昔からIT系企業がすごかったわけではなく、ちょっと前はソニー、パナソニックなどを筆頭に家電が成長していました。
ただ、今、日本の家電部門の成績は芳しくありません。

日本は、約100年ほど前、明治の時代から昭和にかけて、製糸業、糸をつくる産業が栄えていました。
富岡製糸場は、その象徴ともいえる場所で、世界最大級の製糸場でした。
日本の製糸業はほぼ壊滅してしまいましたが、日本の近代化の礎となったことは確かです。

どうして、製糸業がそこまで栄えたのでしょうか?
富岡製糸場を深く考えると、決して過去の話でないことが見えてきます。

日本でかつて盛んだった製糸業

日本は、100年ほど前、現在では考えられないほど遅れた国の1つでした。
江戸時代、鎖国政策といって海外との貿易をほとんどしなかったため、独自の技術は発達しましたが、生産性の高いヨーロッパの手法をしらなかったのです。

技術やお金に乏しかった日本が使ったのは、人、つまり、安い労働力です。

製糸とは、カイコという昆虫がさなぎになるときに作る繭(まゆ)から糸を作ることをいいます。
当時の製糸器は、人手を使うことが多かったのです。
そこで、安い労働力を使って、ヨーロッパの製糸市場を価格によって席巻したわけです。
特に、手先が器用で賃金の安かった女性が重用されました。

そして、日本で初めてできた本格的な器械製糸場が、富岡製糸場です。

安い労働力を武器にする発展途上国

製糸業は、その後、化学繊維ができたり、世界的に経済が減速することもあいまって、縮小していきます。
しかし、日本が近代化し、欧米諸国に追いつく、始まりであったことは確かです。

日本は、経済的に遅れていた時、安い労働力を使って、経済を発展させていきましたが、これは現代でもしばしば見られるものです。
たとえば、中国では、安い労働力を使って服を作ったり、機械の部品を輸入し組み立てをしたり、しています。
「Made in China」の物を持っていない人はもはや今いません。

ただ、中国経済は急速に成長してきており、次の場所へと移っています。
ベトナム、そして、ミャンマー、バングラディシュといった東南アジアの国々です。

このように、単純な労働は安い場所へ安い場所へと流れていきます。

移りゆく産業、時代は流れる

日本は製糸業が勢いをなくした後、鉄鋼業や造船といった重工業に主力を移し、家電・自動車へさらに推移していきました。
その時その時の時勢を捕らえ、いくたの企業が栄華を極め、そして、衰退していきました。

いまも同じことなのでしょう。
時流に乗った企業が繁栄し、そして、時を失い、いずれ滅んでいくわけです。
世界のどこでも同じことです。

私たちには時代を完全に予測することは不可能でしょうが、時代は確実に変わる、のです。

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